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東京地方裁判所 昭和33年(タ)101号 判決

原告 柘植しな子

被告 李載春

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、方式及び趣旨により真正に成立したものと認める甲第一号証(戸籍謄本)によれば、被告は大正五年三月十六日朝鮮忠清南道全義にて出生せる大韓民国国民であり、原告は昭和十七年七月二十一日右被告と婚姻して、被告の本籍である朝鮮京畿道楊州隠県面雲岩里四百八十五番地の戸籍に妻として入籍した者であることが認められる。

二、その方式及び趣旨に依り真正に成立したものと認める甲第二号証(帰国証明書)及び原告本人尋問の結果を総合すると、原、被告は昭和二十六年一月頃に、朝鮮動乱で家を焼かれたため、戦禍を避けて親子六人で南へ避難する途中被告が北鮮軍に捕えられて北鮮に連れ去られて以来、原告は子供四人を連れて釜山の収容所に昭和二十八年五月迄居住し、同月引揚船にて大阪に同月二十九日に帰国し、翌六月二十九日に名古屋市市丘町に落着き現在に至るまで、原告の内職と生活扶助で子供四人を養つて生活している事実、被告と別れて以来今日迄被告の消息は皆目判らず、その生死も分明でなく、従つて被告からの生活費の仕送りも全くない事実を認めることができる。

三、本件離婚の凖拠法は法例第十六条により夫たる被告の本国法である。所で、朝鮮は現在朝鮮民主主義人民共和国(以下北鮮と云う)と大韓民国(以下南鮮と云う)とに分れていることは顕著な事実であるが、朝鮮の国籍を有する国民について、その本国法としていずれの法律を適用すべきかは一つの問題である。以不この点について考察する。

そもそも北鮮と南鮮の争は、いずれも全朝鮮の領土を対称とし、全朝鮮民族を対称としてそれぞれ自己に属するという主張であつて、国と国との争というより朝鮮を正当に代表する政府たらんとする争であると見られる。

従つて北鮮と南鮮との二国が存在するのでなく、朝鮮半島全域についての一つの国家があり、その中に、二つの政府が存在するとみるのが妥当である。

而して北鮮と南鮮はそれぞれ独自の法秩序をもち、いずれも朝鮮全域を施行区域として主張し合つているのであるが、現実にはほぼ三十八度線を境とする北鮮南鮮の各勢力範囲内に於てのみ各自にその実効性が担保されている事も顕著な事実である。所で国際私法上適用さるべき外国法秩序とは、現実に外国において実効性のある法律である。

以上のように朝鮮という一つの国の内にあつて現実に領土的区分を有する政府が対立し、その領土的区分にのみ妥当する各々の法秩序を有していることは、国際私法上所謂一国数法の関係にある場合として処理するのが妥当である。以上の点について法例第二十七条第三項により「其者の属する地方の法律に依る」と定められるが、南鮮と北鮮との間にこの点に関する準国際私法的な規定は存在しないことは現況自体から明白であるから、かかる場合日本の国際私法の立場から直接に「属する地方」を決定しなければならない。その場合、要するに属人法の決定の問題であるから当事者が本国のうちのいずれの地域と最も密接な関係を持つかによつて決定されるべきであり、その標準として現在の住所の所在地、過去の住所の所在地、その他居所等が順次あげられる。

所で本件において被告はかつて朝鮮の勢力範囲内に本籍を有し住所を有したことは前記認定で明かであるが、本件離婚原因発生当時より北鮮に連れ去られ、その後どこに居住するか、皆目判らない状態である。

かかる場合前述の標準によつて、当事者が最も密接な関係をもつ土地として被告の過去の住所であり本籍の所在地であつた京畿道楊郡隠県面がその「属する地方」ということになる。京畿道楊州郡隠県面は現在大韓民国の支配する領域内にあることは顕著な事実であるからその地方に妥当する法律は南朝鮮即ち大韓民国の法律であること明かである。従つて被告の本国法は大韓民国法である。

依つて職権をもつて調査するに、大韓民国に於ては離婚に関しては朝鮮民事令第十一条により旧日本民法と同一内容をもつ大韓民国民法が行われている。右民法によれば配偶者の生死が三年以上明かでないとき及び、配偶者から悪意で遺棄されたときは夫々離婚原因として裁判上の離婚をなすことができることが明かであり、しかもかかる事実は我国の現行の民法第七百七十条によつても裁判上の離婚の原因とせられる。

四、前記第二項で認定した事実は、右離婚原因に該当すること明白であり、結局被告に対し離婚を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 加藤令造)

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